定時株主総会シーズンを前に考える、賃貸等不動産の時価開示

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株主との対話が変わってきた

日本の企業の多くが3月決算を採用しており、その3ヵ月後である6月の定時株主総会に向けて、経営陣・財務責任者の方々が例年以上に頭を悩ませているテーマがあります。
それが、保有不動産の「時価情報」をめぐる株主・機関投資家との対話のあり方です。
東証によるPBR改善要請(2023年3月)以降、資本効率に対する投資家の要求水準は明らかに厳しくなりました。
自社株買いや増配への関心はもちろん、「バランスシートに眠る資産をどう活かすか」という問いが、株主との対話の中で頻繁に登場するようになっています。
その文脈でとりわけ注目されているのが、土地・建物などの不動産資産です。
事例① 製造業・PBR低迷からの対話改善
関東圏に複数の工場跡地・遊休地を保有する東証プライム上場の製造業A社。
PBRが長らく0.6倍台に低迷するなか、定時株主総会において機関投資家から「簿価と実態がかけ離れているのではないか」と指摘を受けた。翌期に不動産鑑定評価を実施したところ、帳簿価額に対して約150億円の含み益が判明。
その結果をもとに保有方針と活用ロードマップを整理し、次の総会では「なぜ売らないのか」ではなく「どう使うのか」という建設的な対話に転換することができた。
事例② 流通業・アクティビスト対応
全国に店舗・物流拠点を展開する流通業B社では、海外アクティビスト投資家から「保有不動産の時価が不透明」との書簡を受領した。従来の開示は数年前の評価をベースにした簡易修正にとどまっており、評価時点や算定根拠の説明が不十分な状態だった。
外部の不動産鑑定士を活用して評価を刷新し、評価手法・主要な前提条件を補足資料として開示したところ、投資家側の懸念は大きく後退。その後は資産活用の具体策の議論へと建設的な対話に移行した。
保有不動産に多額の含み益があるにもかかわらず、なぜPBRが低いのか。遊休地はどう活用する方針なのか。
こうした問いに説得力を持って答えるためには、まず自社の不動産の時価を正確に把握していることが前提になります。
賃貸等不動産の時価開示とは何か

企業会計基準第20号「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」は、2010年3月期から上場企業等に適用されています。
賃貸目的で保有する不動産や将来利用が未定の遊休不動産について、貸借対照表の計上額(帳簿価額)に加え、報告期末時点の時価を財務諸表の注記として開示することを求めるものです。
開示の中心となる情報は、帳簿価額の期中増減、そして期末時点の時価です。
時価の算定には、不動産鑑定評価や公示地価・路線価等を基礎とした合理的な方法が用いられます。
この基準が適用されて15年以上が経過し、開示自体は多くの企業で定着しています。
しかし足元の環境変化を受けて、その開示の「中身」があらためて問われる局面に差し掛かっています。
「開示している」で十分ではなくなってきた理由

賃貸等不動産の時価開示において近年問題になりがちなのが、情報の鮮度と説明の深さです。
時価の算定には一定のコストと手間がかかるため、数年前の不動産鑑定評価をベースに簡易な修正を加えて継続使用しているケースは珍しくありません。
市況が安定している時期であればそれでも大きな問題は生じませんでしたが、都市部を中心に地価・賃料が動いている現在、評価の鮮度が低いと開示情報と実態の乖離が広がるリスクがあります。
「いつ時点の評価ですか?」「還元利回りはどのように設定していますか?」
——こうした問いに対して、経営陣・財務責任者が根拠を持って説明できない状態は、投資家の不信感につながりかねません。
また、IFRS(国際財務報告基準)に準拠するグローバルな機関投資家の中には、評価に用いた情報の透明性について詳しい説明を求めてくるケースもあります。
日本基準では注記の記載要件は限定的ですが、投資家対応の観点からは、評価手法や主要な前提条件についての補足説明を用意しておくことが実務上有益です。
株主総会で向き合うことになる問い

定時株主総会および総会前後の対話を通じて、企業が向き合うことになる論点を整理すると、概ね以下の四つに収斂されます。
時価の根拠と鮮度
評価時点はいつか。どのような方法で算定されているか。直近の市況変化は反映されているか。
含み損益の構造
帳簿価額と時価の差はどの程度か。含み益・含み損が大きい物件はどこか。グループ全体での把握はできているか。
保有方針と活用戦略
なぜその不動産を保有し続けているのか。売却・活用の検討状況はどうか。資本効率との関係をどう考えているか。
減損の要否判断
時価が帳簿価額を大幅に下回る物件について、減損処理を行わない合理的な根拠は何か。
これらは個別に答えを用意するというより、「自社の不動産ポートフォリオの実態を経営陣が正確に把握し、戦略的な判断を下している」という一貫したストーリーとして説明できるかどうかが問われています。
時価情報の精度が、対話の質を決める

投資家との対話において、「うちの不動産は鑑定評価上〇〇億円の含み益があり、現状は本業の用途に供しているため保有を継続しているが、事業環境の変化に応じて活用・処分を検討する」といった説明ができるかどうかは、時価情報の質に大きく依存します。
根拠のある時価情報がなければ、どれだけ言葉を尽くしても説明に迫力が出ません。
逆に、信頼性の高い評価を手元に持っていれば、株主からの問いに動じることなく、建設的な対話に集中できます。
また、時価情報の精度は開示の問題にとどまりません。
M&Aや事業再編、遊休地の活用検討、あるいは賃貸借条件の見直しといった経営判断を行う際にも、正確な不動産評価は不可欠な基盤となります。
時価開示の整備は、株主対応のためだけでなく、経営の意思決定の質を高める取り組みでもあるといえます。
総会シーズンに向けて確認しておきたいこと

以上を踏まえ、定時株主総会に向けた実務上のチェックポイントを挙げます。
まず、現在の時価開示に使用している評価の時点と方法を確認します。
最終的な鑑定評価がいつのものか、市況変化に照らして乖離が生じていないかを点検することが出発点です。
次に、含み損益の大きい物件について、保有継続の方針と根拠を社内で整理しておきます。
特にアクティビスト投資家の比率が高い会社や、PBRが低い状態にある会社では、不動産の保有・活用方針について踏み込んだ質問が来ることを想定した準備が必要です。
そして、評価の更新や保有方針の整理にあたって社内リソースだけでは対応が難しい場合は、外部の専門家である不動産鑑定士や不動産アドバイザリーの知見を活用することも有力な選択肢の一つです。
信頼性の高い評価と、それを裏付ける戦略的な視点を組み合わせることで、株主との対話は格段に質が上がります。
おわりに

賃貸等不動産の時価開示は、財務諸表の注記という形式的な位置づけにもかかわらず、今や企業の資産戦略や資本効率に対する姿勢を映す鏡になっています。
総会シーズンを一つの節目として、自社の開示情報の質を見直してみることは、経営陣・財務責任者にとっても有意義な取り組みになるはずです。
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Writer's Profile

- 執筆者
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スターツコーポレートサービス株式会社
中川 貴雄(なかがわ たかお)
経歴-
2007年3月近畿大学大学院総合理工学研究科修士課程修了。
同年4月スターツグループ入社。企業向けの不動産投資、売却のアドバイザリーに従事し、2020年9月に不動産鑑定士に登録。
2023年7月 東京都不動産鑑定士協会 災害支援対策委員・総務財務委員に、
2024年4月 東京都不動産鑑定士協会の推薦を受け、東京都武蔵野市の固定資産評価審査委員会委員に就任。
不動産のプロとして、数多くの企業の資産コンサルティングを手掛けている。
不動産鑑定士
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カテゴリ:
- 企業不動産戦略
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