2025.04.17

【NewsPicks掲載】投資家はここを見ている。今さら聞けない「CRE戦略」超入門

企業不動産戦略thumbnail

不動産を持っている企業に、投資家から鋭い目線が向けられている。
主な標的は、所有する不動産が値上がりしたことにより、売った場合の「含み益」を多く抱える上場企業。
近年、物言う株主と言われる投資ファンドが、不動産の売却益による株主還元や、より収益性の高い資産への入れ替え、
本業への再投資などを要求するケースが相次いでいるのだ。

背景には、日本企業がこれまで軽視しがちだった資本コストを意識し、バランスシートを重視した経営への転換を求める動きがある。

では、企業は不動産を今後どのように扱うべきなのか。

企業ファイナンスの第一人者である石野雄一氏と、
大手企業の不動産戦略を20年以上支援するスターツコーポレートサービスの櫻井真樹氏に、
企業がこれからの時代に取るべき不動産戦略について聞いた。

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株主はなぜ「企業が持つ不動産」を嫌うのか

──近年、上場企業が保有する不動産に対して、物言う株主(アクティビスト)から売却や収益改善の要求が増えています。背景を教えてください。

石野:株主が嫌う企業の資産は3つあります。
「銀行に預けられた現預金」「株式などの証券」、そして「土地やビルなどの不動産」です。
なぜかというと、これらは株主が自分でも投資できる対象だからです。

株主からすれば、「私たちがあなた方の会社に投資しているのは、事業経営の力を買っているからであって、
不動産投資なら自分たちでもできる」というのが本音なのです。

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──本業の成長に寄与していない、十分な収益を生み出していない不動産を持ち続けることに対して、厳しい目が向けられているのですね。

石野:2023年には東京証券取引所が上場企業に対し、資本コストへの意識改革を求める要請を出しました。
「株主から預かったお金にはコスト(期待リターン)があることを認識して利益を出し、株価を上げる経営をしてください」ということです。

本来、「企業はどこまで稼げばよいのか?」という問いに対しての唯一確実な答えは、最低限、資本コスト以上のリターンを上げること。

こうした流れの中で、企業の持つ不動産などの資産が企業価値に寄与する内容になっているのか、点検が求められているのです。

櫻井:近年では、不動産事業を本業とする大手企業ですら、株主の要求によって不動産の売却に至るケースも珍しくなく、
企業は自社の持つ不動産の収益性に真剣に向き合わなければならない状況になってきています。

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「所有ありき」の発想はなぜ残るのか

──そもそも、なぜ日本では多くの企業が不動産を「所有」しているのでしょうか。

櫻井:「土地は必ず値上がりする」というバブル期の土地本位の考え方や、かつては銀行から融資を受ける際に土地やビルが重要な担保となっていたため、多くの日本企業が安定した資金調達のために不動産を保有していたことの名残があると思います。

都心の一等地に自社ビルを所有することは、企業のステータスシンボルにもなっていた。
また、終身雇用を前提として、工場の周辺に社宅を配置し企業城下町が形成されるなど、かつての企業文化や生活基盤とも密接に結びついています。

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石野:都心の一等地に本社があるのは、たしかに今でも採用などでは有利に働くかもしれません。
しかし、それが自社ビルか賃貸かは社員にとってはどちらでもいい。

仰るように、多くの日本企業は「将来の不測の事態に備えて」というあいまいな理由で不動産を持ち続けていることが多い。
財務的な安全性を重視するあまり、お金の効率的な使い方を軽視する傾向がある。
これは厳しい見方をすれば、きちんとした経営戦略がないことの表れなんですね。

櫻井:株主からの圧力の少ない非上場企業では、より所有を前提とした経営スタンスになりがちな傾向があるように思います。

ある企業では取締役会の場で、「この駅前の土地を自分たちの代で手放してしまっていいのか。将来に何かあった時のために次の世代に残しておくべきでは?」という議論になりました。
まるで家督相続のような感覚で、企業の資産を捉えてしまっている。

そして問題なのは、不動産というその存在に縛られてしまうこと。
「今所有している不動産で何ができるか」という考え方になってしまい、本来の経営目的から逆算して「目的を達するために不動産をどう活用すべきか」という視点が失われてしまいがちなんです。



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求められる「PL重視」からの脱却

──そのような価値観の残る経営姿勢が、東証から異例の要請が出されるほど、日本企業に共通する課題となっているのですね。




石野:この問題の根本には、日本企業にありがちな「PL重視・BS軽視」の体質があります。

PLとは会社の売上・費用・利益を示す損益計算書のこと。
PL重視の経営とは簡単に言うと、とにかく「売上を増やせ」「費用を削れ」「利益を出せ」に重きを置く経営です。

一方、BSは貸借対照表のことで、会社が持つ資産と負債の状況を示す表です。
BSを重視する経営では「会社が持つ資産をどう効率的に使って利益を生み出すか」という視点が必須です。

企業の不動産をめぐる課題は、経営の考え方が「PL重視」から「BS重視」へと変わる流れの中で表面化してきました。
多くの企業が不動産をただ持ち続けるだけで、その資産を効率的に活用できていない現状が問題視されているのです。


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──企業の持つ不動産も「BS経営」の視点からの見直しが必要なのですね。



櫻井:多くの企業では、資本コストへの理解がまだまだ浅いです。

そこには「元から保有している不動産には特にコストはかかっていないのだから」という誤った認識があります。
投資予定がないため、不動産をそのままにしておくというケースが非常に多い。

石野:実際にはその不動産をキャッシュに替え、他のもので運用した場合のリターンを失っている。
機会損失の意識が希薄なんです。

不動産の年間利回りが3〜4%程度なのに対し、株主は事業投資から8〜10%程度のリターンを期待している。
そのためには、不動産に割かれている資本をより効率よく活用してほしいわけです。



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石野:日本企業では、経営の基礎的な知識体系を持たないまま社長になるパターンも多く、資本コストの概念や、機会損失といったファイナンスの基本が根付きにくいといった問題もあります。

そのために、多くの企業はいまだに計画対比や前年対比といったPLの数字にばかり目が向いている。
本来、経営者はバランスシートを今後どうしたいのか、そこから逆算して何に投資していくのかを考えるべきなのです。

企業が資産をどのような形で運用しているのか。
バランスシートには、経営者の判断や企業の未来への構えが如実に表れてしまうのです。


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不動産戦略を担うべきは誰なのか

──そもそも企業の持つ不動産は、誰がどのように管理しているのでしょうか。



櫻井:実情として企業不動産については多くの企業で担当部署があいまいです。
経営トップはもとより、人事部、経営企画部、総務部、財務部……と多くの部門の意見や利害が絡み合って取り回されている状態です。

そのため企業の不動産戦略は、舵を握る部門にとっての「部分最適」になりがちな傾向がある。

企業の所有する社員寮を例にすると、人事部は「古くなってきて社員からの評判が悪い。
入居率も下がっているので何とかしたい」と思っている。
他方、総務部は「今は借料が高い。ボロボロのままでは売れないし、修繕するにも今期は業績が悪い…」というように、部分最適で考えると利害不一致になってしまいます。


石野:よく分かります。CRE戦略(不動産戦略)の専門部署があったとしても、その部署と経営層との間で十分なコミュニケーションが取れていないケースも多いだろうと思います。
結果として、企業トップの認識が甘くなる。


櫻井:不動産戦略は、本来は企業トップ直下で経営判断を担う部門が、資本コストや本業への投資方針との関係を踏まえて大きな方針を決定すべき領域です。

管轄事業部の都合や要望を受けて、対症療法のように現場起案型で方針を決定すると、短期的な部分最適にしかならず、経営の全体最適にはつながりません。

全社的な経営戦略の中に不動産戦略をきちんと位置づけ、それを実行できる組織体制を整えていくことが必要ですね。

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──CRE戦略の専門部署を持つ企業は実際、どの程度あるのでしょうか?


櫻井:日本企業全体の1割にも満たないでしょう。
ただし、冒頭でお話ししたような市場環境の変化もあり、ここ1〜2年で状況は少しずつ変わりつつあります。

「グループ経営推進部(管理部)」といった名称で、今の時代に即した全体最適を目指す担当部署を立ち上げる企業は出てきました。

しかし、そうした部門に不動産のエキスパートがいる例は少ないため、実務レベルでは今まで不動産管理を担ってきた部門に頼らざるを得ず、結果的に現場都合の意見が強くなって機能不全になっている事例も多いです。


石野:専門的に企業の不動産管理を担う部署は、長年にわたって特定の担当者がポストを担っていることも多いでしょう。
現状維持的な管理が行われる一因になっているのではないでしょうか。



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櫻井:仰る通り、管理も属人化しがちです。
エクセルで基本的なデータベースは作っていても、戦略的な活用となると二の足を踏んでしまう、
引き継ぎも十分ではないといったケースが多くあり、これでは経営層への戦略提案も困難です。

大多数の企業では、自社の不動産の全体像すら把握できていないのが実情です。
そもそも不動産戦略のためにどのような情報の把握が必要か、経営層と管理部署で共通認識を持てていないのです。

当社では、そのような企業不動産の課題を把握して解決策を提案するため、企業ごとに専門のアカウントチームを設けています。
言わば、企業不動産の専門部署をアウトソースで担っている。
その種の課題には多く向き合ってきました。

「全体最適」を実現するために

──課題把握はどのように行うのですか?


櫻井:まずは調査です。災害リスクや資産価値の変動リスク。オフィスの場合は、その会社の働き方に合っているか、エンゲージメント向上に寄与しているか。社員寮などの場合は入居者へのアンケートなども行う。資産価値だけでなく、使用価値も重視して総合的な評価を行います。

さらに、経営層から現場レベルまで繰り返しヒアリングを重ね、経営目的に応じた手段を選択できるよう、各選択肢のメリット/デメリット、損益を比較検証できるようデータを揃えます。



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櫻井:不動産の取り扱いは、社内外に対して様々なメッセージを発することもあるため、影響の見極めも非常に重要です。
具体的なアクションを一緒に考えていくのは、そうした調査やヒアリングの後です。

例えば、自社ビルからの本社移転を相談された場合、「売却」「維持」「建て替え」の各パターンをまず比較検証し、移転先の立地によっては調整が必要な社宅や社員寮なども含め、 トータルで「全体最適」の選択ができるようサポートしていく。

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──社内のスムーズな合意形成のためにも、様々なパターンで検証が必要なのですね。


櫻井:そもそも企業不動産は、オフィス・寮・社宅・工場・物流施設など種類が多く、規模やエリアも多岐にわたるため、高度な専門知識が求められる分野。
市場動向の把握による、適切なタイミングの見極めも重要です。

さらに、情報開示義務のある上場企業が保有する不動産の場合、情報の取り扱いを心得た慎重な対応が必須です。

そうした点でも、20年にわたり法人不動産の仲介を手掛けてきたノウハウを活かし専門的なサポートを行っています。
これを内製化して行うのはなかなか難易度が高い。そのために、我々のような法人不動産の専門会社が必要なのです。

企業価値を上げる不動産戦略のために

──企業は今後、不動産戦略にどのように取り組むべきでしょうか。

石野:まず意識すべきは「サンクコストバイアス」から脱却することですね。
「今持っているから」「これまで使ってきたから」ではなく、今この瞬間からどうするのが最善かを考える。
それこそが経営判断の基本
だと思います。



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櫻井:経営判断という点で、我々がクライアント企業に常にお伝えしているのは「不動産は目的を実現するための手段である」ということです。

時流に応じて、専門部署の設置が少しずつ進む一方、実は「CRE戦略」という言葉が一人歩きしている面もあると思います。
当社にも「CRE戦略を作ってほしい」というご相談をよくいただくのですが、「何のために」という目的が不明確なケースが多い。

また、「CRE戦略=不動産売却による財務指標の改善」と理解されていることも多く、「売却の予定はない。何をしていいか分からない」といったご相談も多く受けます。

まずは調査で現状を把握し、資本コストやBS経営と連動させた経営方針と現状とを見比べられるような状態にすることがスタートラインです。

実現したい経営目的は何か。それを追求するための手段として不動産をどう活用するのかという順で考えていただきたいですね。



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石野:BSの左側=資産の部に何を計上しているのか。なぜその不動産を持ち続けているのか。
投資家は常にその意図を読み取ろうとしています。

銀行員時代に受けた新人研修で、講師が「お前たち、銀行員になったからには決算書をもらってすぐにPLを見るような恥ずかしい真似はするな。プロはBSを見るんだ。PLを真っ先に見る奴はアマチュアだ」と言われたのを今でも覚えています。

経営者の方々には「BSとは企業の経営姿勢の写し鏡である」ということを胸に刻んでいただきたい。

櫻井:まさにそのようなBSを重視する経営姿勢が定着する中で、いざ不動産戦略を検討し始めたものの、何から手を着ければよいか分からないといった企業も多いはず。

そうした企業が経営目的を見据えた不動産戦略を取れるよう、調査・課題特定から社内での合意形成、実際の売却や移転の実務まで、この分野のエキスパートとして今後もサポートしていきます。


撮影:吉田 和生
デザイン:Seisakujo inc.
執筆・編集:梅津 朋子
NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2025-03-25 NewsPicks Brand Design



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